戦 正典 氏:大阪府の高校に在学中、交換留学プログラムで1年間テキサスの高校へ留学する。そこで国際交流の素晴らしさを知り、その後ジョージワシントン大学へ入学。学部の時の専攻は会計学、大学院の時にInformation System Technologyを専攻。卒業後はニューヨークへ渡り、自身で事業を立ち上げる。およそ3年前にサンフランシスコへ渡り、現在はAvametricという創業5年目のスタートアップでフルスタックエンジニアとして働いている。
サンフランシスコへ来るまで
——日本の大学ではなく、大学時代からアメリカに渡られていますね。
高校の時に交換留学制度を使ってテキサスに1年間滞在していたことがきっかけです。
予想以上に日本の高校と海外の高校の環境が異なることが衝撃でしたね。物理オリンピック世界2位の男の子が隣に座っていたりするんですよ。
また、インターナショナルな環境では、世界や宇宙の話がよく出てきていました。日本ではそのような話をする環境がなかったため、その環境に感銘を受けて、「アメリカへ行きたい」という気持ちが芽生え始めたんです。
それからは、アメリカの大学に入学するために英語や入試などの試験対策の準備をし、幸いなことにジョージワシントン大学というワシントンDCにある大学へ入学することができました。
——アメリカへ渡った頃からやりたいことはあったのですか?
実は当時から「これがやりたい!」という一貫したものはなく、やりたいことというもの自体が分からなかったんです。ただ、野心は強い方で、自分でビジネスを起こしたいとは思っていました。
アパレル分野で、家系全員が起業家だったこともあったかもそう思った理由の1つかもしれません。
やりたいことは分からないけれど、ビジネスを自分でやりたいという思いがあったので学部時代はビジネス界の共通言語だと思った会計学を専攻しました。
——大学を出た後、中国へ渡りまた大学院という形でアメリカに戻っていますね。
そうですね。僕は中国の血が流れているので大学を出た後に、「中国語の勉強がしたい」と思い、清華大学へ短期で留学へ行ったんですよね。
中国語を勉強したいこともあったのですが、ビジネス全体の市場で見た時にこれから中国も勢いを増すだろうと考えたからです。
清華大学でも色々な人に会い、中国もまた面白いなと感じました。
結局、中国へ行ったあとにアメリカの大学院へ入り、Information System Technology専攻で、そのクラスの一部でコンピューターサイエンスを勉強し始めました。
事業を作り、失敗。そこから学んだこととは。
——ご自身でスタートアップをやられていましたね。
オンラインで試着できるバーチャルアパレルサービスができたら面白いのではないかと思ったことがきっかけです。
開発にはどうしてもコンピューター技術が必要でした。しかし、その当時の自分には思いついたものそのままを100%表現できる技術力がなかったので一緒にやってくれる仲間を探そうと思ったんです。
しかし、そのようにビジネスプロブレムが大きく、そして自分にも大きな実績があるわけでもなかったので、信じて付いてきてくれる人が誰もいなかったんです。
こうなったら自分でやってやろうと思い、大学院でプログラミングやデザインなど開発に必要な技術力、また同時にスタートアップをどうやっていくべきなのかという、会社経営も勉強したんです。
気づけば卒業時期は間近で、そのまま大学院を卒業しました。
ーーそのままニューヨークへ拠点を移していますね
ファッションといえばニューヨークかなと思ったことと、そのまま就職はせずに自分の事業でアメリカで生活をしていきたいと思ったからです。
ニューヨークにある友人の実家に2週間泊めてもらい、その間に次の居場所を探して生活するつもりだったのですが、その友人のお父さんがCレベルの人(CEOやCTOの重役に当たる人)で、人柄も素晴らしく、とても優しい人で、泊まる部屋を貸してくれたんです。
結局1年間お世話になり、その間はずっと商品開発に専念していました。
その末、ようやく『Modishow』という商品を作り上げました。
完成したのはクリスマスイブで、翌日はクリスマス、そして12月26日は僕の誕生日でもあったため、開発は自分で行いましたが、サンタさんからクリスマスプレゼントを受け取った気分でした(笑)
サービスのイメージは、Polyvoreというマウンテンビューにあるファッション関係のスタートアップが行っている、ファッションマガジンにある画像をとってきて、ユーザーをカラージュするというようなサービスにトライオンボタンを加え、そのボタンを押すとカラージュに使われた服をユーザーが選択したバーチャルモデルに試着するものです。
しかしそこから先はもっと大きな壁があったんです。どうやってマネタイズするかという壁です。
当時は開発に必死でしたし、自分が信じて価値があると思って作っているものですから、商品にすれば必ず誰かが買ってくれる!と思っていたのですが現実は大きくことなるものでした。
また、ファッション業界は非常に閉鎖的でコネクションを持たない人の話は聞いてくれないんです。
そのため、せっかくプラットフォームが作れても、発信することがほとんどできないんです。
Polyvoreでは150万種類以上あるコーディネートの中から好きなものを選択してイメージを作ることができる。戦氏はこのような機能に加えて、バーチャルで試着するような機能も実装した。Polyvoreは2015年にYahooにおよそ2億ドルで買収されている。
ーー事業はアパレル関係ですが、ご家族の影響もあったのですか?
祖父も父親も起業してきていたため、僕も起業したいという思いはありましたが、アイデア自体は寝ている時にふと思いついたものなんです。
『これからはモノが次々とデジタル化していき、それに伴いデータが増えていく。そうなるとサーバーやストレージの問題が出てくる。最終的にデジタル化するものは何だろう』と考えたんです。
そのまま考えていくと、『未来的には人間がデジタル化するのではないか』と思い、それを前提に考えると『いずれはバーチャルで服が着られるようになるのではないか』と思ったんです。
それがきっかけで自分の商品を開発しました。ビジネス領域がアパレルだったのは偶然でしたね。
ーー今ご自身の事業を振り返った時に、何が一番大きな失敗の原因だとお考えですか
すぐにやらなかったことですね。何かアイデアを思いついたら即やるべきだと今は思います。
僕の場合は2,3年間自分の頭の中でしか考えてなかったことが失敗の原因だなと考えています。
自分だけで考えて進めた後に市場に出しても大きなギャップが生じるんですよね。
周りを見られていないことと、単純に時間が経ってしまい、市場のチャンスが減るからです。
そのギャップを生じさせないために何かを思いついたら、クオリティを度外視してもイメージだけは開発して、友達にでも試してもらうことからでも進めてみるといいと思います。
それをやって少しずつ階段を進みながら検証していくことが重要だと思います。
また、少しずつ歩くべきところを大きく歩きすぎてしまったことも失敗の要素というべきかなと思います。
大きく大股で歩いていたら、目の前にある崖に気がつかずに落ちてしまう。だから、歩幅を小さくして崖を確認しながら歩くべきだと思いました。
始めたては、自分の商品が最高に思えます。だから広い道の先にゴールの旗が見えると錯覚するんです。
そのため、適当に目的地に向かって走れば手が届くだろうと思い走るのですが、実はその道はぐにゃぐにゃ。
その上、道の先には崖がたくさんあるのです。
崖かどうかを確認しながら進まないと、崖から落ちるリスクは当然のこと、目的地にあるものがチョコレートに思えてそれを一生懸命取りに行ったつもりでも、いざ近づいて見てみたらうんこだったということがあり得ます。
進むべき道と目的地をしっかり定め、見失わないこと。
そして、崖を確認しながらある意味慎重に、だけども肝心なところはスピーディにそして大胆に歩いていくことが重要だなと思いました。
ーースタートアップを運営していて一番苦しかった瞬間はありますか
この商品は世界を変える!と信じ込んでいたので、モチベーションは下がらなかったですね。
スタートアップを始める人には、頭脳派タイプと良い意味で馬鹿なタイプがいると思っていて、後者は徹底的に自分のビジョンを信じていることが多いです。
そのため当たった時はものすごいのですがその反面、外れる回数が多いことも事実です。
一方で、頭脳派は同時に複数の仮説検証を回し、その中でどれが当たるのかを検討するといった科学的なやり方をするので、失敗する確率というのは後者のものよりは比較的低いのかなと思います。
もちろん、事業を行う事に関して簡単ということはないとは思っていますが。
僕の場合は馬鹿なタイプだったので苦労より、楽しかったなと感じています。
ーー今のところに就職しているのも、アパレル関係というところが大きいのですか
入って面白いと思ったからです。周りに居る人たちがすごく頭がいいんです。
バークレー大学のPh.DやMIT、Stanford出身の人や、大学の教授など、世界を代表する人たちが身近にいるんです。
こっちでよく言われているスタートアップで働く理由は2つあると思います。
1つは学べるかどうか。もう1つはビジョンに協力したいと思うかです。
1つ目の理由の場合、学べなくなったらみんな去って行ってしまいます。
そのためスパンは短いです。例えば僕の友人は1年ごと会社を変えています。
僕の場合同様に、学べるからここにいます。そして今楽しいと思う理由は、この会社が世の中にまだないものを作っているからです。
それが世の中を変えるかは未来にならないと分からないですが、世の中にないものを作っているという事実や感覚が楽しいですね。
Avametric: Avametricのソフトウェアプラットフォームはブランドや小売、電子商取引販売ツールの自動コンテンツの作成と衣服のデザイン&開発の効率化を行っている。最近ではiOSアプリもローンチされた。
シリコンバレーのスタートアップの文化とは
ーーニューヨークからサンフランシスコへ移動したことには何か理由があるのですか?
ニューヨークでサービスの開発に時間をかけていたら、弁護士から「このまま仕事をしない場合は帰国しなければなりませんよ」と警告を受けたんです。
しかし残りの期間が3週間しかなく、どうしたらいいのかわからなかったので友人に連絡したところ、今の会社のCTOを紹介してもらえたんです。
就職しようかなと思ったのにも理由がありました。
Modishowという自分の商品を作ってみたはいいけれど経験不足すぎて、これからどうしていいのかわからなかった自分がいたからです。
だから、1回経験を積みに就職しようと考えました。その後に自分のビジネスに戻ってくればいいと思っていたんです。
しかし実際彼らがやってるサービスを商品を見て「今の自分がどれだけ頑張っても、どれだけ叩き上げても追いつけない」と思ったんです。
さらに、シリーズAの調達も、メンバーもチームも結成されており、これがスタートアップだなと実感したんです。
その瞬間に本気で「ここに入って学びたい」と思いました。
——入社までの経緯はどういうものだったのですか。
質問方法は大体のスタートアップが似ているとは思うのですが、「これやってみて」というようにプロジェクトを渡されるんです。
その時に求められたのは、Ruby on RailとAngularを使い、チャットサービスを3日で作ってくれというものでした。
しかしその当時はRuby on Railだけでなく、Rubyさえも知らなかったんです。
触った事がないと言うと「じゃあRuby on Railも勉強して」と言われたんです。
後から聞いたんですけど、どうやら彼らは僕がどこまで出来るかというのを知りたかっただけらしいのです。
しかしその時は必死に3日徹夜して、Ruby on Railを勉強し、プロダクトを叩き上げました。
その時に、まさか作ってくると思っておらず驚いたらしく、「シリコンバレーに飛んでこい」と言われました。
Ruby on Railを知らない状態から作り上げたというのをまだ信じてくれないらしく、「友達の助けを求めて作ったかもしれないから俺の目の前で作って」と言われたんです。
その時もまた徹夜し、叩き上げ、開発できることを証明しました。
そうすると「お前面白いな」と言ってくれ、今の会社に入る運びになりました。
——会社の雰囲気はどのような感じですか?
一言で言うと大学生ですね。
日本の働き方は、夜までコーディングして完璧なものを作るというイメージがあります。
しかしそれだとみんな疲れてしまい、アイデアを思いつくことができないんですよね。
『アイデア=思いつき』は何にでも応用できることなので小さいように見えて実は肝心です。
僕の会社にいる人たちの考え方はどちらかと言うと、例えば何か新しい機能が欲しいという時に、『とりあえずその機能を作ってみて、出してみる』というものです。
そしてその後にそれがうまく当たりそうだったり便利だったりしたら、それから完璧にしていけばいいというスタイルです。
また、みんな10時に会社に行って5時-6時頃に帰っていきますね。
もちろん皆きっちりと仕事を終わらせているし、雰囲気としてはとてもカジュアルです。
また、お昼ご飯やスナックや飲み物も無料で提供されています。
会社のマネジメントの仕方はどれだけ従業員をハッピーにさせて、仕事以外に関しての問題、例えばランチに悩む時間や買いに行く時間などはできるだけ会社側で解決させ、仕事に集中させる環境を作ることに徹底しています。
ーー今の会社ではどういう働き方をしているのですか
チームベースでやっていて、わからない時にはお互いで助け合っています。
またメンバーそれぞれがお互いにコードやプロジェクトを見せ合ったりしています。
スーパープレイヤーは実はあまり好まれない風潮があります。
スーパープレイヤーがいてしまうと、その人がいなくなったらプロジェクトが続かなくなってしまうし、他の人が担当するはずだった仕事も取られてしまうため、チーム全体の士気が低くなってしまうんです。
また、チームビルディングのために毎週金曜日はレトロスペクティブという、1週間を振り返り、どこがダメだったかなどの反省点を話し合った上で、翌週のアクションアイテムを決めます。
その後、それをタスク管理のレジストリに入れることにより、毎日10時からスタンドアップをする時にやらなければいけないことを即確認することができるという効率的なシステムがあります。
また、勉強になったのはデザイナーチームのやり方です。
彼女らがやるのは、ユーザーテストでフィードバックをもらい、そのデータを時間を決めた上で徹底的に集めるのです。
僕たちみたいな素人は、フィードバックをもらったら速攻で直そうとするのですが、そうではなく、決めた期間に集めたデータを基に今後の商品開発に活かしているんです。
スタートアップはすぐに行動しろという雰囲気がありますが、デザインに関してはそうではないということが勉強になりましたね。
——一度創設者が入れ替わっていますよね。
元々CEOとCTOが創業メンバーだったのですが、CEOの方が去ってしまったんですよね。
その人が去った理由は、当時会社自体がうまくいかなかったからだと思います。
何で行き詰まってたかと言うと、やはり小さいステップではなくて大きなステップで進んでいたからだと思います。
投資家がお金を入れることによって、大きなステップが可能になってしまうため、その歩幅で歩こうとしてしまい、本当に見るべき箇所を誤ってしまうんです。
その点は個人的に今のシリコンバレーの良くないところだと思っています。
本来は小さい歩幅で進むところを、投資家がお金を入れることによって、大きく速く歩くことを可能にしてしまう。
だから細かいミスなどに気が付けず、気がついた時には道が違った、つまりは事業が失敗してしまっていた、ということが起こりうる。
それがシリコンバレーの1つの危険なところであると思っています。
ただ最近は少しずつリーンスタートアップの動きになってきていて、過程を小さくしてバリデートするようになっているため前と比べるとその問題は解決されている流れがある気がしています。
ーー今は会社では何をされているのですか
フルスタックエンジニアという役割で、サーバーサイドやウェブサイトとか web アプリケーションなどを主に行っています。
Angularも使っています。最近ではAR キットを使ってiOSアプリを出しました。
フルスタックの中でも、アプリケーションエンジニア寄りですね。
うちの会社はそんなに大きくないので1人がいろんなことに手を出さなければならないんです。
反対に、大きな会社だったら1つのことに対して完璧なるものを求める仕事が多いです。
大手テック企業で働く知り合いのデザイナーはweb サイトの小さいボタンの機能開発を手がけ続けてそれを完璧にするというものすごく専門的なことを行っています。
ーー会社自体は今どういうことを行っているのですか
B2Bビジネスで、大きく分けて2つあります。
1つは、Web widgetというもので、ユーザーが気に入ったTシャツを見つけて、Tシャツのディテールページに入った瞬間に、ユーザーに体のサイズを選んでもらい、その後にトライオンボタンを押すと2D上で着た時のイメージが見られるというものです。
例えば、シュミレーションで体の大きい人が小さいTシャツを着たら破れてしまうなど、サイズやフィット感や似合い方などのシュミレーションが現実に近い形にでできるものになっています。
ユーザーに体型や体の癖を設定してもらい、その上で選択された服やシューズなどの試着をバーチャルで行うことを可能にする。もし小さすぎたり大きすぎたりすると破れたりブカブカだったりするというのも表示される。試着の手間が省け、オンラインショッピングの際もサイズの心配をせずに安心して購入することができる。
最後に、挑戦したい人に対して何かメッセージをお願いします。
世界に挑戦したい人はよく見かけるのですが、なかなか外に出ようとしないことが多いなと感じています。
でも、いざ外に出たら意外と簡単で、想像よりも難しくないと感じるのが多いパターンだと思っています。
例えば言語ができないことも、そんなに問題にならないだろうと思っています。
もちろん、複雑なことをやるとなったら言語は大事になりますが、その時の自分は何かを乗り越えてきているに違いありません。
そのため、言語の問題はそこまで苦しまずに解決できる力がその時はあると思います。
5年後10年後の自分をイメージして『自分はその時はああいう人間になっているからこれに挑戦しよう』というように、世界に挑戦できている自分の視点から考えた方が気持ちとしても楽です。
今の自分から見ると、何もできていないから少しためらってしまうことがあるかもしれません。
でも、今小さいからこそ、何かに挑戦したいわけじゃないですか。
どちらかと言うと今の自分の標準から見上げてイメージを描くより、尊敬している人や、なりたい姿を想像し、引っ張りあげていくイメージの方が考えやすくまた挑戦しやすいかなと思うんです。
その自分になりきって振舞うことにより、今まで挑戦できなかったものができるようになると思っています。
信じ込むというのは、心理的にも自分を変えるし、挑戦すること全てに対して大切なことだと思っています。
なりたい自分をどれだけ描けるか。
そして、その描く姿が大きければ大きいほどドでかい挑戦ができると思っています。
今の自分が小さいからこそ、何かをやりたいからこそ、イメージをして動いていくといいのではないかなと思います。