Mariko Yanagawa氏: 7歳頃までをアメリカで過ごす。上智大学法学部入学後、ケンブリッジ大学大学院修士課程を卒業し、イェール大学の博士課程を卒業。前職ではデータアナリストを経験し、現在はMacy’sにてディレクターとしてデータの分析やチームマネジメントを行っている。
上智大学法律学部へ入学 ~学部選びに困惑した学生時代~
ーー法学部に進んだのには何か目指していたものがあったからなのですか
まず数学が苦手だったので文系であったことは理解していて、加えて私の通っていた高校が進学校だったので、文系の生徒はとりあえず法学部を目指すという感じでしたね。
法学部は潰しが効くのではないかということで選びました。
また、上智大学は都内の私立大学の中でも比較的少人数で、名前は知られているけれど、小さめでアットホームなイメージがあり、惹かれていたのもあったんです。
ーー入学前後で想像とのギャップはありましたか
大きなギャップはありませんでした。ただ、私はそれまで小中高と日本で卒業していて、その経験の中で6年半アメリカで過ごしたという人は多くなかったんです。
なのである意味目立つこともあったのですが、上智大学では6年半なんてむしろ短く、高校時代までアメリカにいた人などもかなりいました。
校内では頻繁に英語が聞こえるほど帰国子女が多かったです。
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上智大学を卒業後大学院へ ~海外への挑戦を決断~
ーー大学院へのきっかけはどのように生まれたのですか
「海外にまた出てみたいな」と大学の入学時から思っていて、就職することは考えていなかったです。もっぱら海外の大学院に行きたいと思っていました。
私が学部3年生の時に姉がアメリカにMBA留学をしたことも背中を押してくれるきっかけになったと思います。
ただ、私はMBAには興味がなく、その頃は専攻を何にするか決まっていなかったのですが、大学院へ行きたいという気持ちだけは強くありました。
経営学修士(けいえいがくしゅうし、Master of Business Administration、MBA)は、経営学を修めたものに対して授与されることのある専門職学位である。
Wikipediaより出典
ーー大学院は専攻も変更し、国も初めて行くイギリスを選ばれていますね
「さて、私は何を勉強したいか」と考えた時、帰国子女ということもあり昔から発音に興味があったんです。
日本での英語の授業の時に教科書を読むじゃないですか。
その時に、「何で人それぞれによって発音が異なるのだろう」というところに興味を持っていて、それを研究したいなと思い始めたんです。
ーー1人1人アクセントが違うというところに興味を持ったということですか
それも1つではありました。例えば Japanese English であったり、言葉を発音する際のイントネーションが人によって異なるのは、何がそうさせているのかというところに興味があったんです。
そこで、色々調べている中で言語学の一分野である『音声学』という分野を知ったんです。
個人的に音声学を勉強しているうちに、「なんて面白いんだろう!なぜ今まで出会えなかったのだろう」と後悔するほど(笑)。
その時点でこれを大学院で勉強しようと決めたんです。見つかった時はかなり嬉しかったですね。
ーー多くのことに”興味”がある人は僕も含めてたくさんいると思います。ただ、その感覚を信じてずっと追っていきたいと思うことに出会うのは幸運だと思います。その感覚を自信を持って選べた根拠みたいなものはあったのですか
根拠というか、「これすごく面白い!絶対にやりたい!」という感覚がありました。もっと極めて勉強したいといった気持ちが最初に来ましたね。
ーービビッときたような感覚でしょうか
そうですね。その感覚は「やっと発見した」みたいな、いわゆるユーレカモーメントでした。
※ユーレカモーメント(eureka moment)とは : ピンときた瞬間や研究・調査などで発見した瞬間のことをいう
また、言語学は中でも専門が色々と分かれていて、音声学、社会言語学などもあるのですが、方言や敬語などもその一部です。
色々な分野を知る中でどれも面白く感じ、言語学の領域が強い大学院に行きたいなと思った時、イギリスの大学院に行くことにしたんです。
「音声学」とは音声に関する研究全般を指し、言語学の一部でも音楽分野の一部でもある。
ーーアメリカではなくイギリスに行くことにしたのですね。アメリカは幼少期の頃すでに行かれているからですか
そうですね(笑) 。
小さい頃ではありますが、アメリカの生活は経験していたため、新しい土地にチャレンジしたいという精神があったのだと思います(笑)
一度旅行で訪れた際にイギリスをとても好きになったので、暮らせるなと思ったのもあります。加えて、中学生の頃からイギリスの音楽が大好きで、ずっと憧れの地でもありました。
ーーイギリスの大学院では体験してみてどういった学びがありましたか
マスターのプログラムを通してまず言語学の基本分野である統語論、意味論、音韻学と音声学を基礎からしっかり学ぶことができました。
ケンブリッジ大学にはそれぞれの分野の権威の教授がいらして、とても内容の濃い授業を受けることが出来たんです。
その中で、やはりもともと一番興味のあった音声学をもっと研究してみたいと思うようになりました。
修士卒業後、博士課程へ ~イギリスからアメリカへ渡る~
ーー 大学院卒業後は博士課程へ行かれていますね
今就職をしても、私はまだ中途半端だなと感じていました。何より、大学院で本気で言語学、特に音声学を勉強し始めたので、もっと突き詰めて研究したいと思ったんです。
実は大学院へ行くと決めた時点で、修士で終わらせるつもりはなく、博士号まで取りたいなと思っていたんですよ。
博士課程はアメリカ・コネチカット州にある、イエール大学の大学院で研究をすることにしました。
イエール大学には私の研究したい分野の発祥のラボがあったんです。
実際には大学の一部というわけでなく、大学とコラボしているため設備が全て使うことができまた、私のPhDアドバイザーの方がイエールの教授でありながらラボの首席の研究者でもあったんです。
私は環境こそが一番大事と考えていました。その後、幸いなことにそのラボに入ることができ、そこで研究を行うことになりました。
私の考えでは、『どこで研究するか』はとても大事です。
設備もそうですが、個人的に一番重要だったのは研究内容に的確なアドバイスをくれ、サポートしてくれる教授の存在でした。
特に博士過程は孤独な作業が多いため、自分と教授との一対一の作業になることが多いです。
しかし、教授に恵まれれば作業が捗るだけでなく、知識も人脈も飛躍的に増えるため本当に大切だと思います。
イェール大学はコネチカット州ニューヘイブン市にあり300年以上の歴史を持つ。
ーー「音声学」という言葉は僕はこれまで聞くことがなかったのですが、どういった事を専門にしてらっしゃったのですか
音声学の中でも専門分野は大きく2つに分かれます。
どの発声器官を使って発音しているかというアーティキュラトリー側と、発話を録音したものがどのように現れるのかというアコースティック側です。
私はアーティキュラトリー側を専門として、ある音を発声するには口の中の発声器官がどのように使われているのかを研究しました。
私が特に興味を持っていたのは「どういった器官を使って音は発せられているのか」ということでした。
例えば「K」の音は違う言語ではどう違うのか、また、もう1つ研究したのはネイティブとノンネイティブの発音はどう違うのかというところです。
結局、モーターコントロールで音を発するタイミングが違うんですよ。
それらの研究を通して、私が知りたかった「何がどう違うからこそ発音が異なるのか」ということを知ることができました。
ーー何が違いとして見られるのでしょうか
発声器官を動かすタイミングが異なるんです。また、位置が異なると発音は大きく乖離するものになります。
それぞれの言語でコントロールが違うため、言語によって発音が完成されていくんです。
英語の『K』を発音する場合も日本語ネイティブとドイツ語ネイティブと英語ネイティブはそれぞれみんな違います。
なぜ違うか、それぞれの母国語ではどうなのか、というのを研究を通して解明していくんです。
発音する際の舌や口蓋の位置が違うとか、空気を出すタイミングが遅い、早いなどです。
そういった違いにより、音にも変化が生まれてくるのが面白かったですね。どちらかというと科学に近い分野なんです。
ーーなるほど。器官の仕組みにあったのですね。例えば僕みたいな22年間日本語ネイティブの人が、10年間、英語の発音寄りに器官を発達させたら英語ネイティブの発音に近くなるということですか
なると思います。また、イントネーションやリズムの違いがそれぞれの言語に顕著に見られるんです。
発話の多くの部分はタイミングとリズムなんですよ。
言葉の中には発音が難しいものがありますが、発音がうまくできなくても、タイミングさえ掴めていれば音的にはうまく聞こえるんです。
例えば英語の場合、『R』と『L』の発音が日本人には難しいと言われることが多いですが、コツさえある程度掴んだらあとはもうリズムですね。
ーー日本語ネイティブが英語ネイティブのように英語を話すことが難しい理由は、既に日本語用の器官が作られてしまっているからということですね
そうですね。完成されてしまっているため、そこからの調整が難しいというだけです。
再トレーニングという意味で発音を練習すれば、ネイティブに近くすることは可能だと思います。
ーーそうだったのですね。『音声学』という名前自体は初めて知りましたが実は毎日触れている非常に身近なものだったのですね。面白いです。
そうなんです。
一人一人、発音や言葉遣いは違うじゃないですか。そこに関するテーマでもあったので、研究は非常に面白味のあるものでした。
ーー 以前「音声グラフを分析していた」とお話されていましたが、どんな内容なのでしょうか
基本の音声グラフは発音がデータとなる、録音アプリの波のようなものです。アーティキュラトリー側の研究はさらに発声器官の動き、例えば軟口蓋の高さ、舌の位置などが記録されるグラフを分析していきます。
ーー分析というと、苦手と言われていた数学的な分野が絡んでくると思うのですが、興味があるものとのリンクしている場合は楽しさも感じられたのではないですか
数学が苦手で出発して言語学を選んでいたので、私もまさかまた数学的分野が必要になるとは思っていなかったんですよ(笑)
博士課程で研究していくうちに、実験科学的なことをやり始めました。
被験者の協力を得て、用意したリストを文字通り読んでもらうんです。その発声器官の動きをグラフに示し、それを分析するということをしていました。
ただデータを積み上げ、それをさらに細かく分析して傾向や結果を表す際には、統計学を本格的に勉強しなければならなくて「なぜ高校生の時に数学を捨ててしまったのか…」と後悔はありました(笑)
ただ、その時に触れた統計学というものは、非常に楽しく勉強をすることができました。
ーー何事も興味を持った瞬間に勉強するのが一番頭に入りますよね
そうだと思います。
あとは自分の興味分野を研究しているところに必要になってくるもの、今回の場合統計学ですが、それは意味を為すじゃないですか。
高校時代の数学の勉強というと、テストのためにやるだけという感覚になってしまい、つまり「目的がない」となると興味が湧かなかったんです。
それに比べて統計学は興味分野をもっと深く掘るためのものでしたし、必ず意味を見出すとわかっていたので非常に楽しかったですね。
ーー目標があるからこそ博士課程に進むと思うのですが、現実的にはドロップアウトも多く厳しい現実と聞きます。どのようにその状況を打破していったのでしょうか
もちろん辛かったです(笑)
論文を書き上げて博士号を取った方はみなさん口々に『人生で一番大変だった』と言います。
あれをクリアできたんだから人生何でもできると思えるくらいです(笑)。
孤独との戦いでもあり、基本的に誰もプレッシャーをかけてきません。論文は自分で書かなければ終わらないので、自分でゴールを設定してどんどん頑張っていかないとなりません。
私の場合は、『ここまで来たんだから絶対終わらせる』と追い込んでいましたね。今を頑張れば博士号だという目標があったからです。
博士号は人間が取れる最高の学位なんですよ。それが取れるということは、これ以上の自信はないなということで、ひたすらに目指していました。