シリコンバレーで『好きに自由に、まっすぐ生きる』エンジニア





山中 仁 氏: 高校時代は囲碁に熱中。NHKで見た国際ロボットコンテストをきっかけに東京工業大学へ入学し、ロボット研究会に所属。目標にしていたNHK後援のIDCロボットコンテストに出場、イギリスで開催された国際大会にて優勝を納めた。同時に、エンジニアとして学生時代から受託などを請け負い、現在は大手テックカンパニーにて契約で開発を請け負う傍ら、JTPA(Japanese Technologies Professional Association)の三代目共同代表を務める。

シリコンバレーに来るまで ~アメリカへの挑戦~

ーー2008年の初の渡米でシリコンバレーを選ばれていますが、どういった理由で決められたのですか

新しいソフトが全てシリコンバレーから来る潮流があったからです。エンジニアとして、その一次情報に直に触れていたかったからですね。

ミクシイや一太郎など、個人的にいいと思えるサービスやソフトはたくさんあったのですが、全てシリコンバレーから来たものに塗り替えられてしまう現実を見て。であれば、最新の場所に身を置こうと思ったのです。

また、仲間3人で日本で起業したことがありました。僕と、1人が現在ユナイテッド株式会社代表取締役社長COOを務める金子陽三さん、もう1人は当時学生でしたが、cyta.jpを起業してクックパッドに売却し、今は投資家としても有名な有安伸宏さん

当時は僕の強みが発揮できなくて全然その二人の役に立てはしなかったのですが、そのメンバーで話している時にシリコンバレーの話が出て、頻繁に話している間に、行ってみたいなという思いが芽生え始めてきました。

ーーおひとりでもサービスを出された経験がありますよね

モノをつくりたいという思いが強かったんです

そのため、経済産業省がやっている未踏ソフトウェア創造プロジェクトというものに応募し、採択されてサービスを出してみたことがあります。

当時は国が個人を支援するようなプロジェクトは少なかったので非常に興味をそそられました。

そのプロジェクトのコンセプトは非常に珍しく、当時は話題になっていました。

そこで幸運なことに採択され、支援を受けることができ、結果1年くらいかけてサービスをリリースすることができました。

結構たくさんのメディアにリリース記事が掲載され、それなりに話題にはなったのですがサービス自体はあまり伸びなかったんです。


未踏事業: 未踏事業は、ITを駆使してイノベーションを創出することのできる独創的なアイディアと技術を有するとともに、これらを活用する優れた能力を持つ、突出した若い人材を発掘・育成することを目的としています。

未踏事業プロジェクトHPより

ーーどういったサービスだったのですか

サービス自体は今でいうSNSのような、ブラウザ上で各ウェブサイトに自由にコメントなどを書き込み、それが共有できるようなものでした。

例えば、ものを買った人が評判を書いたり、ここは怪しいサイトだからやめたほうがいいなどといった情報交換がサイトを訪れた人同士でリアルタイムでできるようなコミュニティサービスです。

UIがものすごく大事だと思ったため、ブラウザ拡張の仕組みを使って、通常のブラウザを操作しているようで実は僕のソフトを操作しているような仕様にしたことにこだわりました。

そのレイヤー上で行った操作は全てウェブ上に透過して反映されるのですが情報が出てくるのと入ってくるのをトラッキングしているようなUIで、当時としてはなかなか画期的なUIを作っていたと自負はしていたつもりだったのですが、あまり流行らなかったのが素直に悔しいと思いました

その時、アメリカに行き、サービスを使ってもらうための仕組みを勉強したいなと思いました。

実は、以前から27,28歳の時にはアメリカへ行きたいなとは思ってはいたんです。そして、シリコンバレーにいる人と仕事してみたいという思いもありました。

しかしちょうどその年に結婚し、妻と子供を持ち生活していると、気が付いたら30歳を超えていました(笑)

時が経つにつれてアメリカへ行ける機会はどんどんと少なくなってしまうと感じたため、今行こうという決断をしました。

ーーCo-founderの経験が豊富ですが、自分から何かを始める方がお好きなのですか

エンジニアの場合、一人でも会社の立ち上げが比較的容易であるというのと自分のやりたいことに従っていたら、気付いたら行動がそうなっていました

また、もし失敗しても、腕さえしっかりと磨いていればチャンスは周りに出てきてくれると信じていました。

ーーエンジニア気質はロボットコンテストの経験からも伝わりますね

大学の頃に、ロボットがやりたいという気持ちがありました。当時、NHKが高等専門生と大学生向けのロボットコンテストというものを主催しており、それに興味をそそられたんですよ。

高校の頃はずっと囲碁をしていたのですが、大学で何がやりたいかと探していくうちに、ロボットがやりたいなと思ったので参加してみたんですよね。

大学でロボット研究会に入り、ロボットに関することを勉強した後に、その年のロボットコンテストに出場することができました。

結果としては、イギリスで開催された国際大会で半分以上運のおかげで優勝できたのです。それは良き結果だと思いきや、その後の現場は優勝者らしからぬというか…(笑)

2週間で1台のロボットを設計し、作り込むのですが、全く英語ができずに苦労していました。

そのため、ボディラングエージで頑張っているという恥ずかしい姿をカメラに収められ(もちろん放送)余計恥ずかしい思いをしました。

悔しさや恥ずかしさは感じましたが、 そういう経験があるからこそアメリカや他の国でもなんとかやっていけるんじゃないかなと思えています。

就職するも半年で退社し、再びサービスを立ち上げる

ーー大学卒業後はロボットの研究を続けると思いましたが就職されていますね

大学院には行きたかったのですが受かることができなかったのです。

行く気満々でしたので、残念と思いましたがそのままいることもできず、慌てて就職活動をし始め、最終的には大手通信事業を手がける会社に運良く就職ができました。

そこは当時、モトローラと衛星を使って通信ネットワークを作るというすごく面白いことをしていました。

静止起動衛星の軌道は円形で地球に対して常に同じ位置にあるように回っています。

僕らから見ると上に浮かんでいるように見えますが、ただしものすごく遠いのです。

信号を送っても届かなかったり、もし送れても非常に遅い通信になります。これをどうするかというと、衛星の軌道を楕円系にすることによって回転中のある一瞬だけ地表に近い位置が作れます。

一瞬だけだと接続できるチャンスがほとんどないのですが、その楕円軌道衛星を66個回していくことにより、常にどれかの衛星は自分の近くにいるように配置してそれらの衛星を経由して地球のどこにいても通信ができるようにしようという、すごいことを考えた人がいたのです。

ちょうどそのプロジェクトが周り始めた時期で「これだ!」と思いその会社に入社しました。

しかし、実際の開発現場が今までに自分が体験してきたような楽しい現場とは異なることに気が付き、たまたま高校時代の友人からの起業の誘いもあって、それなら自分でやろうと思い、半年くらいでやめてしまいました。

ーーエンジニアは需要があるので就職先も少なくはない中でも勤めるというよりは自分でやられることが多いですよね。

より良い道を選んでいったらそうなっていたのと、周りに恵まれる事が多いです。

上記の通り、高校時代の友人と始めたスタートアップは受託仕事と自社企画が半分半分でした。

良かったなと思った点は、2人で始めたところに、また友人がちょうど入ってきて3人で運営できていたことです。

2人が会社を運営するための資金を得るために受注の仕事を行い、1人は企画や製品を熟考することに時間を割くことができるため、作業分担ができるのです。

この経験から、何かをやる時は複数人がいいと考えるようになりました

1人でやってしまうと、仕事を受託と決めると受託しかできなくなってしまうし、アイデアだけで始めてしまうとそのアイデアが飛ばなかった時に困ってしまうため、やはり仲間同士で役割分担をしていけるといいと思います

アイデアが拡散して、面白いのも作れるようになりますしね。

また、受託面では運が良かったことに、所属していたロボット研究会の先輩たちがいい技術や仕事を紹介してくださり「大学で理論はあるけどデモがないからそれらを作ってほしい」「南極でデータを取ったのだが解析してほしい」と面白いものばかりで、勉強しながらできたというのがいいことでしたね。本当に環境に恵まれたと思っています


世界的著名アクセラレーターのY CombinatorのPaul Grahamは「アイデアよりもプロダクトよりも一番見るべきはチームだ」と公言している。

Y Combinatorより

ーーその時の起業ではどのようなサービスを行っていたのですか

受託でしたのでやっていることは本当にバラバラでしたね。ビジネス絡みの業務システム関連もやりましたし、技術系ですと画像処理や分散処理、マシンラーニングなども行ったりしましたよ。

でもやっぱり強く言えるのは、環境に恵まれたということです。先輩方がたくさん仕事を紹介して下さったのと、そのうちのかなりの部分がまたリピーターとして仕事を出して下さったことも助かりました。僕は営業が苦手なため、そういった点で本当助かりましたね。

そのため、当時は1年の半分ほど働き、残りの期間は自分で好きなものを開発するというような生活をしていました。

ーー話していくにつれ、山中さんから「エンジニア大好き」という雰囲気が伝わってきます(笑)

エンジニア最高ですよ(笑)!! エンジニアはいいですよ〜。

自分の好きなもの作って生活ができるなど、比較的自由度が高いと思いますし、好きなことをして結果を出して、さらに求められるようになったらこれ以上に最高のことはないですからね。

クリエイティビティも向上して生活もできて何より自分の中に経験とスキルが溜まります。本当に好循環だと思います。

お子さんが生まれたらぜひエンジニアに育てるといいのではないですか?

枕元で「エンジニアはいいぞ〜」と呟きましょう(笑)

次ページ: エンジニアが語る、エンジニア論とは?

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ABOUTこの記事をかいた人

サンフランシスコ・シリコンバレーに留学していました。 現地では人生を懸けて戦うシリコンバレーの日本人の生き方を日本にいる人たちに伝えたいということからインタビューをしていたり、学生がシリコンバレーの情報を継続的に届けているメディアなどがないと思い、その時からブログを運営し始めました。 現在は経済学部4年生をやりながら、六本木でPMをやらせてもらっています。関心分野はシェアリングエコノミーとブロックチェーンで、女性権利問題に大きな課題や憤りを感じています。優しい社会を創りたい。