シリコンバレーの語学学校初日に校長に直談判してトランスファーを勝ち取ったことから学んだこと。

こんにちは。

みなさまお元気でしょうか。

語学学校初日に、色々ありました。笑
まず、渡米前の私の一年間留学計画を最初に説明ささていただくと、

1〜2ヶ月:研修先を通してサンノゼで人に会いまくる。

3ヶ月目〜:サンフランシスコへ引っ越し、インターンを行う

というざっくした時系列的に大分類のものがありました。

しかしながら、実際にサンノゼに行ってみると移動が不便すぎる。。

と、研修先は自分のやりたいことの方向性とは異なってしまうと思ってしまった。。

という2つの理由から、急遽サンフランシスコへ移動しよう!

と、勝手に決めました。

その決断をしてから、

→語学学校移動手続き→物件決め→研修先への相談→インターン先の発掘

が必要ということが頭の中で判明しました。

それを、いつまでにどのような手順で行うのかを夜考えまくって、三日間まともに寝られなかったです。。これでもまだ1週間かと頭が重かったです。。

語学学校は、必ず行かなければなりません。

なぜなら僕はF1ビザというスチューデントビザで来ているため、学校に通わなければ日本に強制送還されてしまうからです。

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サンフランシスコの語学学校は、一年前に先輩が行っていたため、アテはありました。

なので語学学校初日にも関わらずレセプションの人に1ヶ月後、トランスファーしたいんだけど。と相談。

結果、1秒で却下

なぜなら、この学校は1クオーター分の授業を受けてからトランスファーを受け付けているため。

以前僕がオーストラリアへ行っていた時に通っていた語学学校は、1ヶ月後毎であったのでトランスファーできるかなと思ったのですがここは違いました。

その1クオーターが、どのくらいかというと、4ヶ月後。。

今5月中旬で、1クオーター後は9月中旬。

4ヶ月も、ここの生活に耐えられる自信がないと思っているのでここにいると逆にストレスになってしまうと感じていました。

ならば、日本へ帰って活動を続けていた方が成長できる。と、確信さえありました。

しかし、友達には

1年後まで帰らん!その覚悟で行かなければ意味はない!!

と無駄に(?)大きく言ってしまったので、帰っても向ける顔がないし、なによりも自分自身が負けた気になって嫌でした。

なので、別の方法はないかと考えました。

考えた結果、

「あ、校長に直接言ってみよう。」

となりました。

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レセプションの人に言っても結局その判断は校長が決まるのだから、最初から校長に言えばいいのではないか?という考えです。

そのため校長室へいって、直談判する結果に。室内へ行き、挨拶をしたら、話し出した瞬間に結局、また却下されました。

「うちの学校は1クオーターが鉄則なんだ。」と。

その瞬間僕の計画が全て破綻に陥り、日本に帰るしかないのか?と考え、非常に心が萎えました。

しかし、まだここでできることもあるはず。
だがしかし、高い研修費を払いながら研修するなら引っ越してどっかでインターンをしたい。しかしながらサンノゼはとても移動が不便。

さてどうする。

と、思考をぐるぐると張り巡らせました。

その影響で、placementテストでは2〜3割しか点数取れておらず、下から2番目のクラスでした。。

これも行動を助長することになったので結果よかったのですが。笑

テストが終わり、「日本に帰り、またやり直すか。。」と一瞬思いましたが、諦めが悪いのが僕なんです。

再度校長室へ行き、20分くらい話しました。

すると校長は問うように、

「なぜ語学学校へ来たの?」

「なんで英語勉強するの?」

「なんでサンノゼなの?」

と、入国審査で聞かれるようなことを聞かれました。

なので僕は少し大胆にですが、
「英語を習得することで情報獲得力を向上させ、日本でコンサルタントになる。そして、しばらく働きスタンフォードでMBAを取り、日本の教育に貢献するんだ。」と、昔考えていたことプラス、少しでまかせなことを言いました。

でも実際すぐ出たってことは、何か自分の潜在意識で考えていることであるのかなーとか感じながら。
そして、その後しばらく話した後に結果
「トランスファーしたい意義はわかった。でも、うちは1クオーターだから、1クオーター後にトランスファーなら可能」
と言ってきました。

粘っても結果は変わらないか、、と悲しみに暮れていたら、
「それか、今トランスファーしなさい」
と言いました。

ん!?今!?!?

聞き間違えてないよな?今、、?

きたぁぁぁー!!!!

僕は速攻トランスファーをその場で決意しました。笑

そして感謝の言葉を下手くそな英語で述べながら、握手を交わし部屋を出ました。
終始、緊張していました。ここで、留学人生が決まると思ったからです。というか、決まる瞬間でした。

ただ、恵まれていたのが最初学校へ行き、レセプションの人に名前を言ってる時に、うしろから日本に興味があり、少し日本語が話せる中国人のティーチャーが話しかけてくれ、その人と一瞬で仲良くなり、校長室への交渉へついて来てくれないか?と味方につけられたことは恵まれていました。

Sharon、どうもありがとう。

ここで学んだことは、

何かを疑問に思ったり自分の目指しているところと今違うな、思ったら即疑問を提示し、解決策を自分で導く行動が必要だと思いました。

そこで折れていたら、何も変わっていませんでした。行動を起こすことがやはりどこの国でもどこの場所でも必要です!
自分の直感を大事にしていきましょう、と痛感した瞬間です。