【メルカリUSエンジニアが語る】多様な価値観を知るべき理由




Naoya Makino 氏: 藤沢市にある高校を卒業後、バンクーバーにあるランガラ・カレッジからサイモンフーザー大学に編入。コンピューターサイエンスを専攻。大学在学中にHootsuiteでインターンを約1年間エンジニアとして行い、卒業後はClioへ就職。サーバーサイドからモバイルチームへ移籍し、iOS, Androidアプリ開発に携わる。Mercariサンフランシスコ採用で現在はMercari のAndroidチームでアプリの開発に携わっている。

高校卒業後バンクーバーへ

——カナダへ大学から行こうと思ったきっかけとどう決断したのかを教えてください

選択肢にあった理由は僕のいとこがカナダの高校を出ていて、話をよく聞いていたからです。

また、僕のおばさんにあたる方が「カナダはいいところだからNaoyaもおいでよ」と言ってくれていたので興味はあったんですよね。

でも当時はカナダの大学へ行くなんて考えていなかったんです

サッカー部を引退して進路を考えている時に日本の大学を調べていたのですが、まず学力にあまり自信がなかったこととそもそも行きたいと思う大学がなかったんです。

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また、引退してから少しの期間、ボランティア活動をする時期があったんです。

そこで出会った人たちが僕が今まで会ってきた人たちと全く違う人たちで、色んな社会にいる人たちと出会うきっかけになったんです。

それから外の世界に惹かれるようになりました

日本の大学へ行く選択肢を考えていなかったというのもあり、どうせ勉強をするのであれば英語で勉強した方が一石二鳥かなと思い始めたんです。

一度決めてしまうと話がトントン拍子で進んでいき、気づいたら気持ちも本気になっていました

「せっかく行くと決めたから語学学校ではなくて大学を目指そう」と思い、カナダのバンクーバーにある大学へ入学しました。

——専攻はコンピューター系ですが、サッカー部に熱中しているとほぼ縁がなかったのではないですか

当時は全くなかったですね。

高校2年生まで理系を取っていたのですが、高校3年生の時は理系を取っておらず、もはやコンピューターだけでなく、理系分野にさえも縁がなかったんです。

でも大学で学部を選ばなければいけなく、何を専攻しようか色々考えていたんです。

その時にちょうど「Web進化論」という本を読んでいました。そこに書いてある内容、そして未来が面白そうと思ったのでコンピューター関係のことを勉強したいと思うようになり、学部を選択しました。

——英語とプログラミングと、ある意味2つ以上の言語を最初から同時に学ぶとなるとかなり苦労されたのではないですか

そうですね。

もちろんプログラミングもやったことがなかったですから、大学1年生のころは苦労した覚えがありますね。

英語を1から勉強したからというのもあります。

また、入学の際に現地の高校を卒業するレベルと同等の数学のテストと英語のテストを受けて、それで基準点を越えなければならなかったんです。

結果、コテンパンにやられました(笑)

そのため大学1年生は高校レベルの数学復習クラスを取り、そこから徐々にステップアップしていきました。

数学もコンピューターサイエンスを勉強する時にはどうしても必要でしたので、結局大学4年生まで授業を組んで勉強していました。

また、大学3年生くらいからコンピューター言語である、C言語やOSを勉強しましたが、それも大変だった覚えがあります(笑)

そのままカナダでエンジニアとして働く

——カナダでそのまま働かれていますが、日本に戻ることは考えなかったのですか

もちろん選択肢としては考えていて、実は3年生くらいの頃1回日本へ2週間ほど滞在し、就活的なことをしたんですよ。

日本のIT会社数社の説明会を聞きに行く中で、1つ興味のある会社があったんです。

2週間の滞在でしたが、そのまま面接をして頂けたんです。

でも技術職で申し込んだつもりが、その時のグループ面接の周りの人は文系の人だけだったんです。

僕はエンジニアとして選考を受けたかったのですが、実際には総合職のスクリーニングしかされなかったことに違和感を感じてしまったんです。

それから日本に帰ろうと思うとなかなかスケジュールの折り合いをつけるのが難しいことと
、日本の大学の卒業のタイミングに合わせるのも大変でしたので自然と日本で働く選択肢がなくなっていきましたね。

それに、大学を卒業をする方が日本の企業からオファーをいただくよりも優先度が高かったのでそちらに集中したかったんです。

——カナダではClioにてサーバーサイドのエンジニアとして働かれていましたね

ClioのサーバーのスタックがRuby on Railsだったんです。

大学の時にRubyを触っていたこともあり、応募したら幸運なことにオファーを頂けたんです。

初めはサーバーサイドの仕事を行い、次はJavaScriptのフロントエンドに関わっていたのですが、そのあとに会社にモバイルのチーム話が出てきたんです。

モバイルに興味があったのでそちらのチームに入れてもらい、iOSアプリの開発に関わるようになりました。

Clio: 法律管理クラウドデータベースのサービスを展開している。現在は15万人以上の弁護士をユーザーとして抱えており、80ヵ国以上の法律専門家に対するニーズに応えている。

——Clioの前にも1つ勤められていますが、どういったことをされていたのですか

大学4年生の時にHootsuiteという会社でパートタイムとして働いていました。

スタートアップの経験が得たかったというのがあり仕事をし、結局1年くらい働いていましたね。

Hootsuite: Facebook、Twitter、LinkedinなどのSNS周りを一元管理し、ビジネスに応用するといったサービスを展開。アクセス解析や投稿機能など、マーケターやフリーランスには欠かせないツールとなっている。日本にも展開している。

——職業を決め切ることは難しいと思っているのですが、Naoyaさんがエンジニアを選ばれた理由は何だったのですか

やっていて楽しかったという理由が大きいです。

専攻もコンピューターサイエンスでしたし、プログラミングのプロフェッショナルとして仕事ができるならそんなにいいことはないなと思ったので迷いなくエンジニアという職を決断することができましたね

——エンジニアとして仕事をしていく中で楽しいと思う瞬間はいつが多いですか

ものが動く瞬間はやっぱり楽しいですね。

あとは自分の手でアイデアからものを作り、エンドユーザーまで自分の作ったものが使われているのを見た時とかですかね。

データなりユーザーテスティングなりでフィードバックが直に見ることができて、ビジネスの行き来が変わったりするのでやることはたくさんあります。

でもそれがやっぱり楽しいですね。それを改善したりすることで受けるフィードバックがよりいいものになったり、お客様にもっと喜んでもらえたりするからです。

また、お客様に直接触ってもらえるところを見るのが好きなのでいいデザインを見つけて、それを自分のアプリに活かしていくというのも楽しいですね。
Naoya氏のパソコン。mercari 3rd year!!のスティッカーが目立つ。現在Mercariは4周年を迎えている。

——最近思うのですが、高校生の頃には想像していないものになっている現在って面白いですよね(笑)

そうですね!(笑)

僕が高校生の時にはエンジニアになるなんて一切想像していなかったですし。

——やはり経験を積み重ねるうちにいいなと思って選ばれたんですもんね

そうですね。

高校生の時も正直、『何がやりたいという思いはなかったです。

大学の専攻は本を読んで興味からコンピューターサイエンスを選択しましたし。

でも学位を取ったからといって、エンジニア職を選ぶ必要性は全くなく、別の職を選ぶことはできたのですが、やはりパートタイムなどの経験を通して楽しいと感じていたため、エンジニア以外はそもそも考えなかったんです。

また、エンジニアとして入ってみると周りの環境が面白いところが多いと思っています

初めに入ったところがよかったのもあって、今までで楽しい経験が多くて後悔がない感覚です(笑)

これからも今までの経験で得たものを基準として進んで行き、楽しく働けるところで仕事が出来ればいいですね。

また、仕事をする上では『作って、出して、フィードバックをもらって、また出す』というサイクルをなるべく早く繰り返すことを心がけています。

僕は比較的ユーザーに寄り添ったものを作る側のエンジニアをやっているので、すぐに手で触れてもらい、アプリを出した時にコメントを見たり、実際に人が使っているものを見ることもできるのでそれがモチベーションになるんです。

メルカリへ入社

——バンクーバーからメルカリへ行っていますね。自分でコンタクトされたのですか

そうですね。自分でコンタクトしました。

——コンタクトしたのは入社した2016年だったのですか

コンタクト自体は2015年の冬でしたかね。入社したのは16年夏でした。

当時サンフランシスコオフィスにはおよそ30人の社員がいたことを覚えています。
メルカリサンフランシスコオフィスの受付。引っ越す前のものにも訪れたことがあるのですが、現在の方がかなり広々としていました。

——メルカリを選んだきっかけはどういうものだったんですか

メルカリUSのプロダクトに興味があったんです。

あとは、前から創業者の山田進太郎さんをフォローしていて、その中でブログなどを読んでいたこともあって面白そうだなと思っていたんです。

前職のClioでは既に4年以上働き、一通りやった感があったので他の仕事を探していたんですよ

僕は日本にいなかったので日本でメルカリが一気に流行したタイミングを直接見てはいなかったのですが、どうやらすごいというのは聞いていたんです。

仕事を探していることを日本の友人に相談すると「今、メルカリが面白いかもよ」と言われ、さらに調べたんです。

すると、アメリカでも展開を始めている事を知ったのでここにおける挑戦も面白そうだなと思い、応募しようと決めたんです。

また、US進出の際には僕の経験が少し活かせるのではないかなと思っていたんです。

カナダでUSマーケットのアプリを作ったことがあったのと、エンジニア中心の組織が大きくなる経験を自分自身が出来たのでそれらの経験がメルカリだったら活きるんじゃないかなと考えていました。

自分に売り込めるものがあると思ってもいましたし、就職するタイミングとしてかなり面白いかなと思ったんです。

——アンドロイドチームではどういうことをされているのですか

機能全般の開発ですね。

まだチーム自体が大きくないので、Androidに関してはサンフランシスコに現在は僕も含めて2人と、日本にいるもう1人の合計3人で開発を進めていますね。

iOSも同じ人数のエンジニアがいて、React Nativeというもう1つのフレームワークに数人のエンジニア、またAPIサイドのエンジニアのチームといった体制で動いています。


Mercari JP(左) と Mercari USのロゴ(右)の比較。地味に色が違うことがわかる。UIはもちろん、こういったところも全てローカライズで行っているのだ。

大切なもの

——自分の信念や価値観として大事に思っていることをお聞きしたいです

仕事に関しては、自分の手で人や社会に対してインパクトが与えられるところが大事だと思っています。

例えばメルカリのアプリを通して、自らがある一定の影響を与えることができるわけです。

サービスを使っている時間と質と、その価値を与えられる人の量のことです。

そこから自分の与えられるインパクトの大きさがわかるじゃないですか。それが面白いですよね。

アプリを使っているのが1日1分だとして30万人いるとすると、その中で自分がどれだけ貢献できているのかを測り、それを今後いかに大きくできるのかを考えたりしますね

また、影響の仕方にもよります。

メルカリでは、新しいものを買わずとも誰かが不要になったものを他の人にとってバリューがあるものに変えることによって無駄のない社会を目指すという価値観があります。

そこに僕がどれだけ貢献できるかというのは僕の仕事の力量によって変わってくるものです。

だからそのように自分が与えられる影響を考えられると自分の立ち位置が少しわかるというか。

そこが面白いですし、こだわり続けたいことですね。

ーーありがとうございます。仕事以外でも何かお持ちなのですか

今のことが社会的な側面で、もう1つは自分が学びたいものを常に学べる環境に身を置くことによって貪欲に学んでいきたいというのがあります。

新しいことを学び、それを活かして仕事をし、自分の家族と一緒に楽しいことができればそれに越したことはないです。

社会的なものと、自分の知的好奇心を補えるもの。そして最後にはファミリーライフハッピーみたいな。

その三拍子が揃っていれば何でも最高なんじゃないですかね。

——では将来もその3つの軸を大事にしていくのですね

そうですね。それさえ揃っていれば何やっても楽しいんじゃないですかね。

——自分でものを作っていきたいとか、どういうサービスに関わっていきたいっていうのはあるんですか

興味というのは日々変わるものだと思っています。

僕自身、一昔前はEdtech、またはオープンガバメントに興味がありました。

今はブロックチェーンが熱そうとか思っています。

当時はモバイルがすごく面白そうだからこの世界へ入ったのですが、それが2,3年後どうなっているかは誰にもわからないですからね。

まあ、社会が変わるに応じて僕も変わっていくんじゃないですかね(笑)

最後にメッセージをお願いします

伝えたいことはたくさんありますが、海外へ出てよかったなと思う1つのことを共有しますね。

今まで積み重ねてきた『常識』があるじゃないですか。

でも、社会的常識という概念はその地域や育った環境によって違うものだと思います。

例えば僕だったら神奈川県で生まれて、周りの人たちと同じような生き方をして、そこで培う自分の常識ができたんです。

でも、その世界だけじゃないというのを他の国に住んで気が付いたんです。

むしろ、今までの常識では通用しないような社会が今度は待ち受けていて

その時感じたのは、常識というある意味普遍的な考えのようなものでも1つでは無いということです

また同時に、僕自身がマイノリティであることに気が付きました。

こうして様々なバックグラウンドの人と日々生活していると、人と違う事が当たり前になるのでその事に対する違和感が無くなり外部の目線や社会的束縛といった縛りが緩くなります

だから海外に出てそのような経験が出来ると少し社会の見方が変わるというか。

そしたらもう、全て楽しんだ者勝ちなんじゃないかなと思ったりします(笑)

例えば日本だったら就活という1個のレールがあるじゃないですか。

僕も少し乗っかろうと思ったのですが、乗っかりきれなかったんです。

その結果、カナダで1回仕事をしていますし。

でも、そのレールに乗れなかったからといっても他のレールの選択肢を探しに行くことも出来ると思うんです。

そういう意味でも、選択肢を広げる努力は大事ですし、そういった1つの考え方だけに縛られる必要は無く、色んな生き方をしてみて、そこから自分がフィットする考え方や生き方を貫いていくのもいいんじゃないかなと思いますね

 

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