【就活生は特に必見!!】キャリアに箔をつけることが選択の核なら今すぐその考えを捨てるべき。大切なのは、自分の足で人生を切り拓いていくこと。

こんにちは。
今回はつぶやき系です。
内省踏まえ、思うことがあったので綴ります。

『キャリア』について

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実際、キャリアや仕事については学生レベルでの経験している範囲でしか考えられませんが、とっても大事なものであるとは思っています。
自分が歩みたいキャリアを歩むことによって、人生が個々人にとってよりよいものになるからです。
個人が真剣に考えて出した答えで、満足した人生を遅れるのであれば幸せなことでしかありません。

反対に、『キャリアに色を付けるためだけの選択』には気をつけなければいけないなと強く思います。

例えば、就職活動で
・◯◯企業は年収も名声もあるからそこを第一志望にする
・◯◯会社はモテるからそこに就職したい
・とりあえず就職活動を終わらせたいから内定が出ればどこでもいい
・先輩が、親が勧めていたからあの企業に就職しよう

さて、こんな動機で人生の大事な選択をしてしまっていいのでしょうか。
このような選択は、承認欲求を満たすため、若い時期を一時的に楽しみたいから、今楽になりたいから、人の考えに乗っかって他責にするという、後悔が残る意思決定の仕方ではないでしょうか。

もしそれらの選択が、自身で考えに考え抜いて選んだものであれば、
何も言うことはありません。
もしその選択肢が違うなってなっても、本気で考え抜いたのであれば、その考えをまた次の意思決定に投影すればよいからです。
本気で考える癖を持っておくことが重要です。

さて、なぜこのようなことを考え始めたのかというと、危うく私自身が選択の軸を上記のようなものにするところだったからです。

[過去談]承認欲求を得たいがため/楽になりたいがための選択

公立高校を諦め推薦で私立高校へ。

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上記の意思決定をし、後悔した経験を私の過去から引っ張っていきましょう。

当時私は高校受験の頃に公立高校を目指して仲間と勉強していました。
その塾の仲間と勉強することが楽しく、中3の部活を終えてからの新しい居場所になりました。
毎日ストレスなく楽しく勉強できておりました。時が経つのは速く、気づけば12月。
この時期は緊張の月でした。なぜなら、内申書というものが出るからです。
その内申点でほぼ皆志望校にいけるかどうかの可能性が決まるためです。

テストの点数に自信があった私は前日の夜に
「国語は5で、数学は良くて5だから、成績は40/45くらいだな。」
と妄想を膨らませていました。

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そのくらいあれば、余裕で志望校をクリアできます。

しかし、結果は36/45。中2の頃と同じでした。
しかも中3の成績は2倍換算なため、トータル108/135(未だに強く覚えています。)

それは、私が目指している高校に届かないような内申点でした。
諦めかけましたが、まだ機会は残っていました。
成績が悪くても一般受験で合格平均の20%増の得点を獲得すれば受かる見込みがあると過去のデータと塾の先生が言ってくれたからです。

共通模試の結果も悪くはなかったため、受かる見込みもありました。
その上、受験までまだあと3ヶ月以上ありましたので、準備期間は十分。

しかし、結論、私は公立受験を辞め、結果的に推薦で私立高校へ進学しました。
その高校は元々の志望校よりも高い偏差値を誇っていたためです。
さらには、もし落ちると1個か2個下のレベルの高校に行かなければならなかったからです。
なぜ挑戦を辞めたのか。

それは、承認欲求にやられてしまったから。

承認欲求を求めるきっかけ

私はテニス部に所属していました。
テニスをするのも好きでしたし、部員全体の仲も良く、毎日楽しかったです。

徐々に学年が上がるにつれ後輩が入部し、先輩が卒業し、高校生になっていきます。
それからは
「◯◯先輩が△△高校にいった。」「◯◯さんは××高校へ行った。」
というような話を聞くようになります。

当時は高校の名前を偏差値だけで見ていた僕は
「あ、あの先輩は頭がよかったんだな」
「あの先輩は成績が悪かったんだな」
と考えてしまいました。
その考えが自分に返ってきたんですよね。
高校受験の時に。

「もし落ちて1個下のレベルに行った場合、後輩からどのような目で見られるのか 」
「三浦先輩頭悪いんだなと思われたら恥ずかしい。」
と。そのため私は公立受験を辞め、推薦で進学することを選択しました。

本当は難関私立と公立を両方受験も考えていたのですが、どちらも落ちた場合を踏まえて、安全を選択しました。

その後は受験仲間がただ単に好きだったし、みんなの受験日まで一緒にがんばりたかったため、受験は終わっているのですが毎日学習室へ行って勉強しました。
これは良い行為だったと思っていますが、悪かったのは次です。

承認欲求が止まらなかった僕は、設定を作りました。
というのも、難関私立を受けたことにして、落ちて推薦先の高校に行ったんだというものです。さらには、真実を知っている友人には嘘の協力を促し、徹底的に自分を守っていました。
もしかしたらこの記事で初めて事実を知る友人も出てくるかもしれません。
そのくらい徹底的だったのです。

そして、そのまま卒業。推薦先の高校へ進学しました。
しかし、入学してこの高校はスポーツ校だったということが発覚。スポーツに圧倒的に特化していない自分には合わない環境。さらには、校則も厳しすぎました。
例えば、
・ワックスをつけてはならない
・暑くてもブレザー着用
・シルキードライは黒は罰則で必ず白
・靴下は必ずハイソックス
・頭髪検査というものがあり、もみあげに髪がかかっていると引っかかる。
なぜか坊主も引っかかるという狂気沙汰。

かなりストレスフルでした。
加えて、高校生はおしゃれしたい年頃でしたため、公立の友達に比べて地味な外見が嫌でした。
さらには、スポーツ高であるにもかかわらず部活は廃部になるし、居場所がなくなります。
こうなってくると、後悔の念が押し寄せてきます。

これに加えてさらなる衝撃が。後輩は別に僕のことだけを考えているわけではないということです。(当たり前ですよね。恋人同士でもないんですから。笑)
それは帰り道にばったり後輩にあった時のこと。
会話の中で、
「そういえば、三浦先輩ってどこの高校にいったんでしたっけ?」
という質問が。

承認欲求と恥ずかしくないと人の目から自分を守ったにも関わらず、それを無意味化するかのような質問。

その時私は「もっと自分に正直になればよかったな」と思いました。
レベルを1個下げてでも、公立へいくべきであったのではないかと。
そこに行った友達は文化祭や学校生活がすごく楽しそうでした。
もしそうしていれば、もっといい高校生活があったんじゃないかなと。
彼が羨ましかったのです。

しかし、受験の頃に現在を楽にして未来をおろそかにしているため、責めるべきはそうやって考えることをサボった過去の自分です。
この経験があってこそ、大学は自分の意思で行きたいと思い、受験を決意しました。大学付属高校であったためエスカレーターも使えますし、外部受験組がほぼいない環境の中でほぼ孤独でしたが(笑)、他大学にいくことに成功しました。

本日ちょうど(この記事は17年5月25日に下書きしていました。)15歳の頃の意思決定と同じ考えで企業を選択している就活生が少なからずいるという危ない記事を発見しましたので共有します。

入社3か月で辞めたい17卒新入社員、4割が就活での「情報収集不足」を後悔 次の職場は「福利厚生」で選択 – キャリコネニュース

様々な論点がありますが、それの最大原因が完全に外的でないのであれば、
責めるべきは自分自身です。

考えれば考えるほど今が苦しいけれど将来が楽しくなる。
今考えないと今は楽だけど将来辛い。シンプルな事実です。

伝えたいこと

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人は思ったより自分のことを見ていません。
だからこそ、周りの声ではなく、自分の声に耳を傾けた上で人生について真剣に考えるべきです。

受験期に、あんなに気にしていた高校名や大学名も入学して3ヶ月も経てば会話に出なくなってきますよね。所詮受験もシーズンものなのです。

これは、就活においても言えると思っています。
就活を意識し始める大学3~4年にはOB,OGに話を聞いたり、
「◯◯が外銀受かったってよ!すごいよね。」
というような会話がありますが、就活が落ち着き、社会人3ヶ月も経てば会話にさえ出なくなることでしょう。
実際、大学3年では盛んに会話に出てきている
「◯◯会社へインターン行った!!」という話も社会人の頃には一切会話に出ないでしょう。

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実際どうでしょうか。
入学前よりも、就職前よりも入学後の今、入社後の今の方が周りの目も学校や企業の名前も気にならないのではないでしょうか。
たとえ第二志望のところでも、今の自分に自信を持って通っていたり、働いているのではないでしょうか。
気づけば、受験が終われば必死で貯めた知識は薄れているし、就活終わった瞬間にOB,OG訪問も終わりますよね。
結局やはり、シーズンものなんです。

もしかしたら、人生全体を通してシーズンものの連続なのかもしれませんが。

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さて、ここまで書いてなぜこれを書こうかと思ったかというと、私はまた名声病に陥りそうだったからです。
就活は2年生の頃から実は始めていた(調べていた)のですが軸は特になく
・企業に名声があるかどうか
・若手に裁量権あるか
・年収はいくらか
・海外はいけそうか
などといった、軸ではない軸を定めていました。

だからこそ、合説に行った時にワードにいちいち反応し、
「あそこは20代で年収1000万か」
「あそこは楽しそうだけど学生に知られていないから就職してもちやほやされないな」というような、敬意がない考え方を持っていました。

しかし翌年にはある程度軸は決まり、3年の夏には
ベンチャー1社とコンサル数社インターンを経験し、内定も複数頂きました。

ただ残念なことに、まだ完全にはその気持ちは消えておらず、少し名声に惹かれたりする時があります。

「どうせ行くなら名声があるところがいい。なぜなら、履歴書が光るから。」
というような、考え方。
というか、そもそもなぜ履歴書を輝かせる必要があるのか。
かっこいいから?ちやほやされやすいから?
本当にしょうもないですね。

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その考えに結果がでないまま渡米しましたが、こちらへ来てからかなり短期間でかつクリアな答えが出ました。それは
「履歴書ってどうでもいいな。どうせ自分でやるんだから。」
という思い。

自分で起業することで重要なことは、
履歴書が光っていることでも友人にちやほやされることでもない。
仲間を集える人間性とビジョンと、それを実現できる能力。

だからこそ、企業の名声とかむしろ最もどうでもいいものです。
得るべきは、以上3点。主に、3つ目に力を入れていきます。

なぜか私は気づかぬうちに履歴書に色をつけることに再度思考が傾いていたため反省します。
それはなぜかを考えた時に友人間でちやほやされているのは全員企業のネームを所持している人だからか?という考えに。
ということは、自分にの奥底にはそのような思いがあるのか?
と、かなり寂しくなりましたが思考は徐々に変えていけるものなので変えていきます。

以上を踏まえて私は企業名などの外の力を借りてキャリアに箔をつけるのではなく、
自身で色をつけていくことを心に固く決めました。
最初は何色になってもいい。最終的に自分の好きな色になればいいと思います。
例え、箔はなくとも。

自分の人生は、自分で考えた上で切り拓いていこう。
以上、思ったことがあったので正直に綴りました。